「この業務、どこまでAIに任せていいんだろう」
そう考えたことがある人は、少なくないはずです。
請求書のチェック、経費精算、稟議、採用選考、契約書の一次レビュー。
AIに渡せる工程は増えていて、実際に触ってみると「思ったより使える」と感じる場面も多いでしょう。
その一方で、どこかで手が止まります。
「ここまでは任せていいけど、この先は自分で見ないと不安だ」
その境目が、なんとなくの感覚でしか説明できない。そういう状態です。
9月15日の記事では、業務を「人・情報・判断」に分解する話をしました。
今回はその続きとして、分解したあとの工程を、AI・人の確認・人の判断へどう配分するかを考えます。
「何を任せるか」ではなく「何を残すか」から考える
AI業務設計というと、多くの場合「AIに何をやらせるか」から議論が始まります。
しかし、この問いの立て方には、ひとつ落とし穴があります。
任せられる範囲を先に広げてしまうと、残った部分がなんとなく「人が見る場所」になってしまうのです。
設計というより、余りものの割り振りに近くなります。
境界線を先に決めるなら、順番を逆にしたほうが筋が通ります。
「人がどこを判断として残すか」を先に決め、それ以外をAIに任せられる範囲として扱う。
任せる量を増やすことが目的なのではなく、人が確認・判断しなければならない範囲を、意図を持って絞ること。
今回のテーマは、この一点に尽きます。
同じ業務の中に、性質の違う工程が混ざっている
役割分担がうまくいかない理由の多くは、「業務」という単位が大きすぎることにあります。
たとえば「経費精算をチェックする」という業務ひとつをとっても、中には性質の異なる工程が同居しています。
- 情報を集める
- ルールと照合する
- 差分や例外を見つける
- 重要度を判断する
- 最終的にOKを出す
これらを「経費精算チェック」とひとまとめにしてしまうと、AIに渡すか人が見るかの判断も、ひとまとめにせざるを得なくなります。
結果として、「全部AIに任せる」か「念のため全部人が見る」かの二択に近づいていきます。
工程を分けると、この二択から抜け出せます。
情報を集める工程と、最終的な判断を下す工程では、求められているものがまったく違うからです。
前者は、決められた手順に沿って処理される定型的な作業です。
後者は、状況を踏まえて責任を持って結論を出す行為です。
同じ業務名の中にあっても、これらを同じ扱いにする理由はありません。
境界線は、何で決まるのか
では、どの工程をAIに任せ、どこから人の確認・判断に切り替えるのか。
固定的な一覧表をつくることもできますが、業務は会社によっても状況によっても違います。
一覧を覚えるより、境界線を動かす軸を持っておくほうが、応用が利きます。
今回は、次の観点にしぼって考えます。
ひとつ目は、誤りが起きたときの影響が限定的かどうかです。
処理を間違えても、あとから修正がきき、実害が小さいものであれば、AIに任せた後の確認は軽くて済みます。
逆に、金額や契約条件など、間違いが後戻りしにくいものは、人の確認を外しにくくなります。
ふたつ目は、例外がどれくらい発生するかです。
ルールが明確で例外が少なく、出力をあとから検証できる工程は、AIに任せる候補にしやすくなります。
逆に、例外が頻繁に出る工程は、AIが「例外かどうか」を見分けるところまでは手伝えても、例外にどう対応するかの判断は人に戻ってきやすくなります。
三つ目は、最終的な責任の所在がどこにあるかです。
金額の承認、契約の締結、人事の決定など、最終的な責任主体を明確にする必要がある場面では、AIを補助に使っても、誰が最終判断を引き受けるのかを曖昧にしない設計が必要です。
AIが下書きや候補を出しても、AIを使ったこと自体で組織側の責任設計が不要になるわけではありません。
この3つを、業務ごとに一度あてはめてみるだけで、「なんとなく人が見ている」工程と、「本当に人が見るべき」工程の違いが見えてきます。
経理業務で見る、工程ごとの配分
抽象的な話だけでは実感が湧きにくいので、経理・管理業務を例に、工程を分解してみます。
- 証憑や取引データを集める
- 必要項目を抜き出す
- ルールや過去のパターンと照合する
- 差分・例外を見つける
- 重要度を分類する
- 人が内容を確認する
- 人が最終判断を下す
- 判断結果を記録する
この8工程を、先ほどの3つの観点にあてはめてみます。
この例で、ルールが明確で出力をあとから検証できる範囲であれば、1〜3はAIに寄せやすい工程です。
データを集め、必要な項目を拾い出し、決められたルールと照らし合わせる。
条件が整えば、人が全件を同じ粒度で確認する必要は薄くなります。
4〜5の工程は、少し性質が変わります。
差分や例外の候補を抽出する工程にはAIを使いやすい一方で、それをどれくらい重要視するかは、業務の背景を知っている人が確認したほうが安全です。
ここは、AIが候補を出し、人が確認する工程として位置づけられます。
この例では、6〜7、特に最終判断は、人の関与を残す範囲に置きます。
金額の大きさや取引先との関係、過去の経緯など、例外や影響、責任の所在を確認したうえで結論を出す必要があるためです。
ここをAIだけに任せてしまうと、判断根拠や責任主体を説明できる状態を保ちにくくなります。
8の記録は、判断の中身そのものというより、判断の経緯を残す作業です。
記録形式が定型化できる部分は、AIに補助させやすい工程です。
こうして工程を分けてみると、「経理業務をAIに任せられるか」という問いの立て方自体が、少し粗すぎたことに気づきます。
同じ業務の中に、任せてよい工程と、残すべき工程が混在しているからです。
この分け方は、経理に限った話ではありません。
採用選考でも、契約書のレビューでも、「集める・照合する・例外を見つける・分類する・確認する・判断する・記録する」という構造は、形を変えて現れます。
工程の並びを一度書き出してみると、どの業務でも同じように境界線を引き直せる場所が見つかります。
「自動化率を上げる」から「判断の場所を決める」へ
AI業務設計というと、どうしても「どれだけ自動化できたか」に意識が向きがちです。
任せられる工程が増えるほど、うまく設計できているように見えるからです。
ただ、今回見てきたように、業務の中には性質の違う工程が混ざっています。
それを分けないまま自動化率だけを追いかけると、AIに任せる範囲は広がっても、人が見なければならない不安はあまり減りません。
逆に、人の確認を外しすぎれば、前提が変わったときや例外が起きたときに、誰も気づかないまま処理が進んでしまいます。
大事なのは、AIをどこまで使うかではなく、人が判断すべき場所を、意図を持って決めておくことです。
自分の業務を工程に分けてみたとき、
- どこまでなら間違えても取り返しがつくか
- どこから例外が増えてくるか
- どこに、最終的な責任を置く必要があるか
この3つを一度あてはめてみると、今まで漠然と「念のため」全部見ていた業務のうち、本当に見るべき場所がどこなのか、輪郭がはっきりしてくるはずです。
AIに何を渡すかを決める前に、まず、自分が最後まで見届けるべき場所はどこか。
そこから考え直してみるのも、ひとつのやり方です。