はじめに
「この件はCFOと相談してある」
社長がそう言えば、会議の空気は一気に”了承ムード”になります。しかし、CFOは本当にそれを”承認”していたのか?あるいは”相談”されただけだったのか?
私は取締役CFOとして3年間在任し、数え切れないほどの経営会議に参加してきました。その中で痛感したのは、CFOの役割がいかに曖昧で、それゆえに誤解や期待のズレが生じやすいかということです。
経営会議におけるCFOの役割は、しばしば曖昧です。「参謀」として戦略立案に深く関与するのか、「保険」として意思決定の正当性を担保するのか。
本記事では、実務のリアルからこの曖昧さをひも解き、CFOにとっての”本当の役割”を考えていきます。
第1章|経営会議におけるCFOの”影の存在感”
発言は少なくとも、影響力は大きい
経営会議でのCFOには特徴的な行動パターンがあります。発言の回数は他の役員に比べて少ないものの、CFOの一言が意思決定を左右する場面は決して少なくありません。
例えば、新規事業への投資案件が議論されている最中、CFOが「リスクとしては…」と切り出した瞬間、会議室の空気が変わります。それまで積極的だった発言が慎重になり、楽観的な見通しが現実的な検討へと変わっていく。
この現象は、CFOの発言が持つ”重み”を物語っています。しかし、その重みがプレッシャーとなり、CFO自身の発言を慎重にさせすぎる側面もあります。
社長とCFOの事前協議が生む”空気”
実務において頻繁に起こるのが、社長とCFOの事前協議です。重要な議題について、経営会議の前に社長とCFOが個別に議論を重ねることは珍しくありません。
問題は、この事前協議の内容や結論が、経営会議の”空気”として機能してしまうことです。
「社長とCFOで話し合った結果」という前提が、他の役員や部長クラスの自由な発言を委縮させる可能性があります。本来であれば多角的な議論が必要な案件でも、「すでに方向性は決まっている」という空気が漂ってしまうのです。
CFOの沈黙が持つ意味
CFOにとって最も難しいのは、沈黙の扱いです。
経営会議において、CFOが明確な反対を示さない限り、それは「承認」として解釈される傾向があります。しかし、CFOの沈黙は必ずしも承認を意味するわけではありません。
- 情報が不足していて判断できない
- 他の観点からの検討が必要
- 時期尚早である
こうした理由での沈黙が、「CFOも了承している」と誤解されることがあります。この誤解は、後になって「CFOが承認したはずなのに…」という責任論に発展するリスクを孕んでいます。
第2章|CFOが”保険”扱いされる構造とは?
「CFOもOKと言っていた」という使われ方
CFOとして最も違和感を覚える瞬間の一つが、「CFOもOKと言っていた」という形で自分の発言や姿勢が引用される場面です。
実際には、「リスクはあるが、対策次第では可能」という条件付きの発言だったものが、「CFOが承認した」という形で伝わってしまうことがあります。
この背景には、CFOの役割に対する根本的な誤解があります。CFOは「承認する人」ではなく、「リスクと機会を分析し、意思決定に必要な情報を提供する人」なのです。
意思決定の責任回避に使われるリスク
より深刻なのは、CFOが意思決定の責任回避に使われてしまうケースです。
「CFOが財務的に問題ないと言ったから進めた」 「CFOがリスクを承知の上で了承したから」
こうした発言は、本来の意思決定者が責任を回避し、CFOに責任を転嫁する構造を生み出します。
私自身、IPO準備期間中にこのような状況に直面したことがあります。ある投資案件で、私が提供したリスク分析が「CFOの承認」として解釈され、後にトラブルが発生した際、「CFOが大丈夫だと言ったから」という発言を聞いたときの複雑な気持ちは、今でも鮮明に覚えています。
“黙認”と解釈される風土の危険性
多くの組織では、CFOが明確な反対を示さない限り、それは「黙認」として解釈される風土があります。
しかし、CFOの役割は「反対する人」ではありません。財務的な観点から情報を提供し、経営陣の意思決定を支援することが本来の役割です。
「CFOが反対しなかった=承認」という解釈は、CFOの役割を矮小化し、組織の意思決定プロセスを歪める危険性があります。
第3章|本来のCFOは”戦略の伴走者”である
経営判断に対する補助線を引く役割
CFOの本来の役割は、経営判断に対して財務・リスク・中長期視点からの補助線を引くことです。
例えば、新規事業への投資案件があった場合、CFOが提供すべきは以下のような情報です:
- 財務インパクト:初期投資額、運転資金、損益分岐点
- リスク分析:最悪のシナリオとその対策
- 中長期視点:3〜5年後の事業ポートフォリオへの影響
- 機会コスト:この投資を行うことで失う他の機会
これらの情報を基に、最終的な意思決定を行うのは経営陣全体です。CFOはその判断材料を提供する役割なのです。
YES/NOではなく、問い直しと仮説提示
CFOの真骨頂は、単純なYES/NOではなく、問い直しと仮説提示にあります。
「この投資は適切か?」という問いに対して、CFOが答えるべきは:
- 「なぜこのタイミングなのか?」
- 「他の選択肢はないのか?」
- 「成功の定義は何か?」
- 「失敗した場合の撤退基準は?」
こうした問い直しと、それに対する仮説や選択肢の提示こそが、CFOの付加価値なのです。
参謀とは「一緒に考える人」
私がCFOとして学んだ最も重要なことの一つは、参謀とは「一緒に考える人」だということです。
決して承認マシンではありません。社長や経営陣と共に、最適な意思決定を模索し、その過程で財務・リスク・戦略の観点から貢献する──これが参謀としてのCFOの役割です。
「一緒に考える」とは、以下のような姿勢を意味します:
- 経営陣の考えを理解し、それを財務的に翻訳する
- リスクを指摘するだけでなく、対策も一緒に考える
- 短期的な視点だけでなく、中長期的な影響も考慮する
- 数字だけでなく、事業の本質を理解しようとする
第4章|CFO自身が”役割”を言語化する
自らの役割の曖昧さが生む混乱
CFOの役割が曖昧になってしまう最大の原因は、CFO自身が自分の役割を明確に言語化できていないことにあります。
「財務担当役員」「数字の専門家」「リスク管理者」──これらの肩書きだけでは、具体的に何をする人なのか、どこまでが責任範囲なのかが不明確です。
この曖昧さは、経営陣からの期待と現実のギャップを生み、CFO自身のストレスや組織の混乱を招きます。
社長・経営陣・現場それぞれに対する役割の明示
CFOは、ステークホルダーごとに自分の役割を明示する必要があります。
社長に対して:
- 戦略的パートナーとして、財務・リスク・中長期視点からの助言を提供
- 意思決定の材料となる情報の整理と分析
- 承認者ではなく、相談相手としての役割
経営陣に対して:
- 各部門の戦略を財務的に翻訳し、全社最適の視点から助言
- 部門間の調整が必要な場合の仲介役
- 投資判断における客観的な分析の提供
現場に対して:
- 経営方針を具体的な数字や指標に落とし込む支援
- 現場の課題を経営陣に伝える橋渡し役
- 財務・会計面での専門的サポート
「対話の場」をCFO自ら設計する
役割の再定義を行うためには、CFO自らが「対話の場」を設計することが重要です。
私がCFOとして実践したのは、以下のような定期的な対話の場の設計です:
社長との1on1ミーティング
- 月1回、2時間程度
- 決裁事項の相談ではなく、戦略的な議論に焦点
- CFOからの問題提起や仮説提示を積極的に行う
経営陣との役割確認会議
- 四半期に1回
- CFOの役割と期待について率直な議論
- 誤解や期待のズレがあれば、その場で修正
現場との懇談会
- 月1回、各部門持ち回り
- 数字の説明だけでなく、現場の声を聞く機会
- CFOの役割や考え方を直接伝える場
まとめ:CFOは”機能”ではなく、”関係性”である
CFOは「何をやる人か」ではなく、「誰と、どう対話する人か」で定義されます。
私が3年間のCFO経験を通じて学んだ最も重要な教訓は、CFOの価値は機能ではなく関係性にあるということです。
財務分析や資金管理といった機能的な業務は重要ですが、それだけではCFOの真の価値は発揮されません。社長、経営陣、現場──それぞれとの関係性の中で、どのような対話を生み出し、どのような価値を提供するかが、CFOの本質なのです。
経営会議において、CFOの沈黙も含めて”意味”を持ってしまう立場だからこそ、役割を明示し、自ら関係性をデザインする力が問われます。
「CFOと相談してある」という社長の発言が、単なる責任回避の道具ではなく、真の戦略的対話の証となるように──CFO自身が意識的に役割を設計し、関係性を構築していくことが求められるのです。
CFOは保険でも承認マシンでもありません。経営の最前線で、財務という言語を使って組織の未来を一緒に描く、戦略の伴走者なのです。
この記事は、実務経験に基づいた知見を共有するものです。各企業の組織文化や状況に応じて、適切な役割設計を行うことが重要です。