世の中には「節税になるから」と言われて導入された制度や商品が山ほどあります。しかし、その多くが本質的な経営の自由度を奪っていることに気づいている経営者は、意外と少ないのです。
私は、元CFOとして2度のIPO、M&A、資金調達を経験し、現在は税理士資格取得を目指すファイナンシャルプランナーとして活動しています。現場の最前線で数字と経営に携わってきた立場だからこそ、制度の理屈と現場のリアル、その両面を理解しています。
現場で見てきた「節税がキャッシュを減らす」というリアルな矛盾を、包み隠さず語ります。
この記事では、「ゼロベース思考」(前提を疑い、本質に立ち返る思考法)で節税の“本質”を再定義し、“ムダな節税”をやめて“未来に残るお金”を増やすための視点を共有します。
経営者が陥る「節税のワナ」:目的のズレが生む3つのリスク
中小企業経営者や個人事業主にとって、税金の負担を減らしたいという思いは自然なことです。しかし、その強い思い込みが、いつの間にか「思考停止」を招き、事業の成長を阻害する「ムダな節税」へとすり替わってしまうケースが後を絶ちません。
なぜ、熱心な経営者ほどこの「節税のワナ」に陥ってしまうのでしょうか。それは、節税の「目的」がズレてしまうからです。
1. リスク①:節税の目的化が未来の利益を削る
節税の目的が「税金を減らすこと」そのものになってしまうと、「何のために支出するのか」という経営で最も重要な問いが置き去りにされます。
例えば、決算直前に「利益が出すぎたから」という理由だけで、不必要に高額な備品や消耗品を購入するケースです。
経理上は「費用」として計上され、一時的に課税所得は圧縮されます。しかし、その支出は来期以降の売上や生産性に一切貢献しない、経営上は「浪費」以外の何物でもありません。不要な支出で資金を減らした分、将来の事業投資や予期せぬトラブルへの備えを削っていることになります。
2. リスク②:税金は「費用」ではなく「現金の流れ」で考えるべき
「節税対策をしたから、これで安心だ」と胸をなでおろしたはずが、翌期の資金繰りが苦しくなるケースは珍しくありません。
税金は会計上の「費用」ですが、納付は「現金の流出」です。節税対策の多くは、本来流出する予定がなかった現金を、前倒しで支出させることで成り立っています。
例えば、法人保険の加入やリース契約です。節税によって納税額は減っても、保険料やリース料として毎月、あるいは一括で多額の現金が流出します。「税金を減らす」ことよりも、手元に「現金を残す」ことこそが経営の本質です。キャッシュフローの悪化を招く節税は、本質的経営とは言えません。
3. リスク③:税理士任せの「丸投げ経営」が思考停止を招く
「専門家である税理士に任せておけば大丈夫」という考え方も、ムダな節税を生む大きな原因の一つです。税理士は税法のプロですが、貴社の事業戦略や未来のビジョン、資金繰りの状況までをすべて把握しているわけではありません。
税理士のアドバイスが経営実態とズレてしまう最大の原因は、経営者と専門家との間の「目的の共有」が不足しているからです。
税理士に「節税できるなら何でも」と丸投げすることは、経営者自身の「思考停止」の表れです。プロのアドバイスを活かすには、経営者自身が「何のために節税したいのか」「どこに資金を回したいのか」という明確な意思を持つことが不可欠です。
ゼロベース思考で問う!「ムダ」と「賢い支出」を分ける3つの質問
前提をすべてリセットする「ゼロベース思考」で、あなたの節税対策を再設計しましょう。すべての支出に対し、以下の3つの質問を投げかけてください。
質問①:その支出は「将来の利益」を生むか?(判断軸の転換)
節税効果(マイナス)ではなく、「投資効果(プラス)」を判断軸にしてください。
- NG例: 今期利益を圧縮するためだけに、すぐに陳腐化するIT機器を一括購入する、あるいは解約前提で高額な保険に加入する。
- OK例: 生産性を向上させるためのSaaSツールの導入、未来の収益に直結する社員のリスキリング(教育)、顧客満足度を上げるためのサービス改善施策。
「これをやると税金が減る」ではなく、「これをやると来期、再来期の売上が増えるか」を最優先に考えましょう。
質問②:現金の流れを悪化させていないか?
税額は減っても、キャッシュが手元に残らなければ意味がありません。
節税のために必要以上の早期支出をした結果、翌月の仕入れや、ボーナス支給時に資金繰りが詰まれば本末転倒です。税額の多寡よりも「キャッシュ残高」を経営判断の絶対的な軸に置くことが、資金繰りの健全性を保ちます。
質問③:「安心感」を買っていないか?
「税金を払うのがもったいない」「利益を出すのが怖い」という心理に支配されていませんか。私自身、上級心理カウンセラーの資格を持つ立場から、多くの経営者が「税務調査の不安」や「高額納税への漠然とした恐怖」から節税に走るのを見てきました。
しかし、本当の安心は、税負担の最適化ではなく、「資金設計の可視化」にあることを知ってください。利益を出すことに恐れず、出た利益を適切に再投資し、手元資金の「増減と理由」がクリアになっている状態こそが、心の安寧をもたらします。
実体験:私が「ムダだった」と感じた節税対策とその見直し
私自身、企業経営に携わる中で、一見効果的な節税対策の落とし穴を経験しました。
事例紹介:高額保険による節税の落とし穴
かつて、顧問税理士に勧められ、「全損だから節税効果大」と、ピーク時の利益を圧縮するために高額な生命保険に加入しました。
しかし、見直しを行った結果、その保険が持つ「解約返戻金の時期ズレ」が、数年後に予定していた設備投資や、M&Aに伴う短期的な資金繰りの柔軟性を奪う要因になり得ることに気づきました。
学び:短期的な節税はキャッシュの流動性を奪う
短期的な節税効果は確かにありましたが、長期的に見れば、手元にキャッシュを残して必要なときに使いたいという経営の本質的な要求と矛盾していました。この経験から、節税の成果は「納税額がいくら減ったか」ではなく、「支出の後に、未来の利益につながる何が残ったか」で判断すべきだと確信しました。
資金の流動性を優先する方針に転換し、その後のIPOやM&Aを円滑に進めることができたのは、短期的な節税の誘惑を断ち切った英断だったと確信しています。
税理士試験の学びが教えてくれた「制度」と「現場」のギャップ
現在、税理士資格の取得を目指し勉強している立場として、税法という「制度の仕組み」を深く理解する中で、現場の節税対策の見え方が大きく変わりました。
税法の本質:逃げるためのルールではなく、公平を保つための仕組み
税法は「いかに税金を逃れるか」を追求するためのテクニック集ではありません。それは、公平な経済活動を維持するための、社会のバランスを整える枠組みです。
この本質的な理解がないと、節税対策は「ルールの裏を突く行為」に矮小化されてしまいます。しかし、税法の意図を理解することで、節税は「経営の羅針盤」へと変わります。制度が推奨する支出(例:研究開発、特定資産の取得など)は、社会の発展に貢献するものであり、そこに資金を回すことは理にかなった「成長戦略」となります。
試験勉強で得た気づき:制度理解が「成長設計」へ昇華する
税理士試験を通じて、制度の背後にあるロジックを深く学ぶほど、「どの支出が長期的に利益を生むか」という判断がクリアになります。
現場の意思決定(成長投資)と制度の意図(税法上の優遇)が噛み合ったとき、節税は「単なる出費の調整」から「事業の成長設計」へと昇華します。これは、実務経験者だからこそ辿り着ける、本質的な税務思考です。
節税とは「思考の省略」をやめることから始まる
私たちが目指すべき節税とは、「損をしないための思考」ではなく、「未来を生む投資の再配分」です。
数字と向き合うのは怖いかもしれません。しかし、その覚悟こそが、あなたの未来に耐えうるしなやかな強さ(レジリエンス)を生みます。ゼロベース思考で見直せば、税は決して「敵」ではなく、あなたの経営判断を支える「羅針盤」になるはずです。
最終提言
税理士は“数字を作る人”や“単なる申告代行者”ではなく、「本質的経営を共にする伴走者」として、自ら使いこなしてください。税務に関する相談をする際は、必ず「なぜその支出が必要なのか」を経営者自身の言葉で説明できる状態にしてください。
あなたの次の行動
👉 論理的に考えて、あなたの節税対策のうち、「将来の利益に結びつかないにも関わらず、多額のキャッシュを流出させている支出」はありますか?
読者の皆様へ
節税対策は、常に「成長」と「キャッシュ」のバランスの上に成り立っています。 あなたが今日、この記事を読んで「これはムダだったかもしれない」と感じた具体的な支出、あるいは「これからはこう変える」と決めたことがあれば、ぜひX(旧Twitter)やThreadsでコメントをお寄せください。 あなたの次の行動を応援しています。