スワローズファンであれば、誰もが再びチームが頂点に立つ日を信じ、毎年応援を続けていることでしょう。しかし、近年チームが低迷するたびに、その原因を「怪我人が多い」「良い投手がいない」といった、個別の事象やコンディションの問題に帰結させていないでしょうか。
もちろん、怪我や補強の不足は敗因の一側面です。ですが、もし私たちがファンとしての「愛」や「情」ゆえに、もっと根深く、チームの将来を縛る「構造的な欠陥」から目を背けているとしたら?
本稿では、会計や組織再編の専門家としての視点から、大好きな球団だからこそ、一度立ち止まってクリティカルに問いを投げかけます。チーム再建の難しさの真の原因は、選手の能力の問題ではなく、経営や組織の意思決定における「ベテランへのサンクコスト(埋没費用)の罠」ではないか。この視点から、ヤクルトという組織の論理に迫ります。
経営視点で紐解くプロ野球の「サンクコスト」
サンクコスト(埋没費用)とは何か
サンクコスト(Sunk Cost)は、経済学や経営学において、**「すでに投下してしまい、どのような意思決定をしても回収できない費用(埋没費用)」**を指します。重要なのは、合理的な経営判断は、このサンクコストを無視し、「将来どれだけ利益を生むか」という視点だけで、今後の継続や撤退を判断しなければならない、という原則です。
もし過去に投資した費用を惜しんで判断を誤れば、それは「サンクコストの誤謬(ごびゅう)」と呼ばれ、不合理な現状維持や追加投資を招き、組織を疲弊させます。
球団経営における感情の「埋没費用」
プロ野球組織、特に歴史と文化のある球団において、このサンクコストは単なる金銭的な費用ではなく、「感情」という形で複雑に絡みついてきます。
- 長年の功労と実績:チームを優勝に導き、歴史に名を刻んだ過去の貢献。
- 球団の功績広告塔:ファンイベントやメディア出演を通じた、球団の顔としての貢献。
- ファン人気と興行価値:特定のベテランに根強く残るファン層が生み出すチケット収入やグッズ売上。
これらはすべて、球団が過去に投下した「感情的な投資」であり、現在となっては回収不能な「感情的な負債」とも言えます。合理性を欠くのは、この過去の功労(サンクコスト)が、現在の選手起用や契約の意思決定に、過度に影響を与えてしまうことです。
再建を阻む「情」のロジックと「機会損失」
ヤクルトには、選手同士の絆を重んじ、功労者を尊重する「ファミリー文化」があります。これは球団の魅力の一つであり、ファンも愛する部分です。しかし、この「情」が、再建に必要な合理的な判断を妨げる「情のロジック」を生み出します。
未来の成長機会を奪う「機会コスト」
ベテランの経験値が若い選手にとって貴重な財産であることは間違いありません。しかし、その起用が若手にとっての「機会コスト(Opportunity Cost)」になっていないか、という視点が極めて重要です。
機会コストとは、ある選択をしたことによって、**「放棄した選択肢から得られたであろう利益」**のことです。
打席・登板の機会コスト:ベテランに回された一打席、一登板は、未来のチームを支える若手が、一軍の緊張感の中で経験値を積む貴重な機会だったはずです。この機会を奪うことは、未来のチームの成長という名の「投資」を放棄しているのと同義です。ファイナンシャルプランナーの視点から見れば、これは長期的なリターンを生む成長投資を止めていることになります。
組織が「引退興行」を優先し始める危うさ
球団がベテランの「引退」を前提とした「興行価値」を優先し始めると、意思決定の軸が「勝つための合理性」から「最後を飾るストーリー」へとずれてしまいます。結果として、成績が振るわなくても一軍の枠を占有し続け、ファームで汗を流す若手の昇格ラインが停滞します。これは、育成ラインを詰まらせるだけでなく、若手選手のモチベーションにも影響を与え、組織全体の停滞を招きます。
【共感ポイント】組織の壁:愛着が生む「内側の抵抗」の正体
ここで、組織論と心理学の視点から、再建が難しい真の要因に触れておきたいと思います。
組織再編やM&Aを経験し、また上級心理カウンセラーの資格を持つ私自身、組織の変革において最も困難なのは、新しい制度やシステムを導入することではなく、**「古参社員や組織内部の心の中にある抵抗」**だと痛感しています。
「あの人に『潮時だ』とは言えない」「長年の功労者だから、多少の成績不振は目をつぶるべき」という内側の論理、つまり功労者への「愛着」や「情」こそが、変革を阻む最大の感情的な壁なのです。
野球界でのベテラン選手は、ビジネスにおける創業初期を支えた役員や古参マネージャーと同じ立場です。彼らを尊重する文化は大切ですが、その「愛着」が、若い世代の活躍の機会を奪い、組織の代謝を鈍らせているとしたら、それは組織全体の持続可能性に関わる問題です。この感情的な抵抗を無視して、ただ「合理性」だけを叫んでも、組織は前進しません。変革には、この感情の壁を理解し、乗り越えるための「共感と論理」のバランスが不可欠なのです。
真のボトルネックは「決断できない組織構造」にある
批判すべきは、感情的な判断に流される監督やコーチ個人ではなく、「合理的な決断を設計できない組織構造」そのものです。
意志決定の曖昧さとGM機能の欠如
組織のトップやフロント(GM機能)の間で、「勝つこと」と「ベテランの功労に報いること」の優先順位が明確になっていないことが問題です。
M&Aの経験から言えば、買収後の組織統合(PMI)において、最初にすべきことは「意思決定権限と役割の明確化」です。過去の功労や人気を完全に切り離し、「将来のチーム価値最大化」をミッションとする合理的なプロフェッショナル(GMなど)の役割が弱い、あるいは機能していない組織は、サンクコストの罠から抜け出せません。
監督が選手の「教育者」と「勝敗の責任者」という相反する役割を一人で背負う構造では、感情的な決断に流されやすくなるのは当然のことです。ロイヤルティ(忠誠心)を大切にしつつ再建を進めるには、「ベテランの役割の再設計」という構造的なマネジメントが必要です。
再建への提言:「敬意ある引き算」のマネジメント
「ベテランを切り捨てる」という冷徹な判断だけでは、球団の文化もファンも離れてしまいます。必要なのは、組織の合理性と敬意を両立させる「敬意ある引き算」のマネジメントです。
1. 第三の選択肢を作る:知識を「組織の知恵」へ
一軍と引退の二択ではなく、「フロント転換」「若手育成指導職」「コーチングスタッフ」といった第三の選択肢を明確に設計し、実績に応じてオファーするシステムを構築すべきです。ベテランの持つ貴重な知識と経験を、「現場の機会コスト」にせずに「組織の知恵」として生かす道を作るべきです。彼らのノウハウは、数億円の補強費用以上の価値を組織にもたらします。
2. 未来への打席配分を可視化:計画を軸に
感情論ではなく、「合理的な配分計画」を導入します。
「若手選手Aには年間で最低300打席、投手Bには最低50イニングを保証する」といった「未来への成長枠」を数値化し、監督・コーチ・フロント間でコミットメントします。
これにより、ベテラン起用がその成長枠を侵食することが視覚化され、意思決定の拠り所が「感情」から「計画」に変わります。個人のファイナンシャルプランニングと同様に、未来の健全な「バランスシート」を作るための客観的な視点を、選手の起用計画にも導入するのです。
3. ファンも「批判」ではなく「問い」を学ぶ文化へ
ファンも、ただ「勝てない」「ベテランのせい」と感情的に批判するのではなく、思考で語るファン文化へと進化すべきです。
「なぜあの選手を起用するのか?」その判断の根拠(打席・登板の配分、体調管理、育成計画)を球団に問い続けること。そして、「その選択は、未来に残るのか?」過去への敬意を払いながらも、チームの長期的な成功につながる選択なのかを問いかけること。ファン一人ひとりのクリティカルシンキングが、球団に合理的な意思決定を促す外部圧力となり得るのです。
結論:感情ではなく思考で語るファン文化へ
ヤクルト再建に必要なのは、大型補強よりも、過去の投資(サンクコスト)から抜け出し、未来への成長(機会コスト)を優先する「合理的な決断」です。
数字と向き合い、組織の合理性を追求するのは、時に冷徹に映るかもしれません。しかし、その覚悟こそが、あなたの未来に耐えうるしなやかな強さ(レジリエンス)を生みます。愛する球団であっても、感情に流されず、論理的にチームの将来を考えること。その一歩こそが、球団を「好き」なままで、より強く、より魅力的な組織へと変える最大の力となるでしょう。
あなたの次のアクション
私たちは、大好きな球団の低迷に直面したとき、感情的に批判してしまうことがあるかもしれません。しかし、その感情の裏側には、チームを強くしたいという純粋な願いが必ずあります。
今日、この記事でヤクルト再建における「サンクコストの罠」を学び、チームの課題を「個人の能力」ではなく「組織の構造」から捉える視点を得ました。
👉 もしあなたが、ヤクルトの「チーム編成の責任者(GM)」なら、このサンクコストの罠を回避し、若手の育成枠を確保するために、具体的なベテラン選手をどのように「役割の再設計」しますか?
あなたの意見や、この記事の感想を、ぜひX(https://x.com/takebyc)またはThreads(https://threads.com/takebyc)で「#ヤクルト再建論」をつけてお聞かせください。あなたの論理的な一言が、ファン文化を次のレベルへ押し上げます。