会議は30分、旅は無計画。CFOの二面性が示す「合理の限界」

私は長年、企業の財務責任者として数字と向き合ってきました。会議は30分以内、タスクは逆算発想、無駄な支出は徹底的に排除します。5分の残業ですら「なぜ発生したのか」を問い、業務フローを見直します。それが私の仕事のスタイルです。

感情で意思決定すると、全員が苦しみます。これは2度のIPO経験の中で、私が体で学んだ真理です。予算は守るべき約束であり、時間は最も希少な資源です。だからこそ、すべての判断には論理的な根拠が必要になります。

ところが、そんな私が週末にキャンピングカーのハンドルを握ると、まるで別人になります。高速道路の出口を見つければ、なんとなく降りてしまいます。道の駅の看板が目に入れば、予定になくても立ち寄ります。宿を予約せず、その日の気分で行き先を決めます。予算?そんなものは存在しません。今日は走りたいだけ走る、それだけです。

この矛盾に、私自身が戸惑うことがあります。平日のオフィスで予算管理を厳格に行い、数円単位のコスト削減を追求している男が、なぜ週末になると無計画に道を外れるのでしょうか。人はなぜ、自分で築いた意思決定ルールを捨てたくなる瞬間があるのでしょうか。

時間とコストを制する思考法

CFOとしての私の仕事は、企業の資源を最適に配分することです。会議は必ず30分以内に結論を出します。議題は事前に共有し、論点を絞り込みます。感情的な議論は時間の浪費であり、データに基づかない主張は検討に値しません。

タスク管理も徹底しています。すべての業務は「いつまでに何を達成するか」から逆算して設計します。期限から遡り、必要なステップを洗い出し、リスクバッファを組み込みます。この手法によって、私は数多くのプロジェクトを予定通りに完遂してきました。

特に上場準備期間中は、この合理性が命綱となります。監査法人との折衝、開示書類の作成、内部統制の構築。どれ一つとして感情で進められるものはありません。「なんとなく」や「多分」という言葉は、私の辞書には存在しません。

自分より会社を優先する。自分の感情より数字を優先する。これが私の哲学であり、多くの経営者やCFOが共有する職業倫理でしょう。合理性とは、組織を守るための武器であり、盾でもあります。

しかし、この生き方には代償があります。常に論理的であろうとすると、人は自分の感情に鈍感になっていきます。「今日は疲れた」「この仕事は本当にやりたいのか」といった内なる声を、無意識に押し殺すようになります。合理の鎧は、いつの間にか自分自身を締め付ける檻に変わるのです。

くるま旅に出た途端の本能化

そんな私が、週末にキャンピングカーに乗り込むと、何かが解放されます。高速道路を走っていても、ふと「この先に何があるんだろう」と思えば、次の出口で降ります。計画にない道の駅に立ち寄り、地元の野菜を買います。夕暮れ時に「今日はここで泊まろう」と決めます。

予算管理?そんなものは車の中に置いてきました。ガソリン代も宿泊費も、今この瞬間に必要なら使います。平日なら「費用対効果は?」と問い詰めるような支出でも、旅の中では「まあいいか」で済ませてしまいます。

この変化は、矛盾というよりも解放に近いものです。仕事では「誰かのために」決断しますが、旅では「自分のために」選択します。会社の数字に責任を持つ必要がなく、部下に影響を与える心配もありません。誰にも迷惑をかけない自由が、そこにはあります。

平日の私は、常に誰かの期待に応えようとしています。株主、経営陣、監査法人、従業員。彼らの信頼を裏切らないために、私は論理的であり続ける必要があります。しかし旅に出ると、その重圧から解放されます。道を間違えても、予定が狂っても、困るのは自分だけです。

この「誰にも迷惑をかけない空間」が、私に無計画を許します。いや、無計画を求めさせます。それは逃避ではなく、むしろ本来の自分への帰還なのかもしれません。

測れない衝動という人間性

仕事と旅を比較すると、両者の構造的な違いが見えてきます。

仕事は成果を求めます。売上、利益、効率、再現性。すべてが数字で測られ、評価されます。だからこそ計画が必要であり、ロジックが不可欠になります。同じ成果を繰り返し生み出せることが、プロフェッショナルの証明です。

一方、旅は体感を求めます。空気、景色、偶然の出会い。それらは数値化できず、再現もできません。同じ場所を訪れても、季節が違えば風景は変わり、出会う人も変わります。旅の価値は、一度きりの瞬間にこそあります。

この違いを理解すると、なぜ私が旅で無計画になるのかが見えてきます。旅は成果ではなく、「今ここに存在している」という実感のためにあるからです。

会議室で数字を見つめているとき、私は「CFO」という役割を生きています。しかしハンドルを握って知らない道を走るとき、私はただの「よしはる」に戻ります。肩書も実績も関係ない、一人の人間としての存在証明。それが旅の本質です。

上級心理カウンセラーの資格を取得して学んだことがあります。人は役割だけでは生きられない、ということです。どれほど優秀なビジネスパーソンであっても、「自分は何者か」という根源的な問いから逃れることはできません。そして、その問いに答えられるのは、論理ではなく体感なのです。

衝動は、論理の対極にあるのではありません。衝動は、論理では捉えきれない人間性の表れです。私が高速を降りて寄り道をするのは、非合理的だからではなく、「今この瞬間の自分」を確かめたいからなのでしょう。

矛盾を許すことで生まれる余白

ここで一つの疑問が浮かびます。すべてを最適化すると、人はどうなるのでしょうか。

私は長年、業務の効率化に取り組んできました。無駄を削ぎ落とし、プロセスを標準化し、再現性を高める。それは間違いなく正しいアプローチです。企業は最適化によって成長し、持続可能性を獲得します。

しかし、人間の人生に同じ論理を適用すると、何かが失われます。すべての時間を生産性で測り、すべての選択を費用対効果で判断すると、人は自分の感情に気づかなくなるのです。

「今日は疲れた」と感じても、それを無視して仕事を続けます。「この景色を見ていたい」と思っても、予定を優先します。感情は非効率だから、排除すべき要素になってしまいます。

だが、感情を押し殺し続けると、人は壊れます。これは心理学的にも明らかな事実です。燃え尽き症候群、うつ病、不安障害。多くのメンタルヘルスの問題は、自分の感情を無視し続けた結果として生じます。

矛盾は欠陥ではありません。矛盾は、人間が生きている証拠です。合理的であろうとする自分と、衝動に従いたい自分。両方が存在することが、健全なバランスなのです。

私がくるま旅で無計画になるのは、意志の弱さではありません。それは、合理一辺倒の日常に対する、心と体の自然な反応です。揺らぎは、生存のためのメカニズムです。

レジリエンス、つまり心の回復力について研究してきて分かったことがあります。しなやかな強さを持つ人は、矛盾を受け入れる能力が高いのです。完璧主義ではなく、「時には非効率でもいい」と自分を許せる人が、長期的には高いパフォーマンスを維持できます。

余白のある人生とは、完璧に計画されていない人生です。予定外の寄り道、無駄に見える時間、説明できない選択。それらが積み重なって、人生は豊かになります。

あなたの合理の外側はどこにありますか

ここまで読んでくださったあなたに、一つ問いかけたいことがあります。あなたの「合理の外側」は、どこにあるでしょうか。

それは音楽かもしれません。楽器を手に取り、何も考えずに音を奏でる時間。それは釣りかもしれません。静かな川辺で、何も釣れなくても構わないと思える瞬間。あるいは、目的のない散歩、意味のない落書き、理由のない笑い。

ロジカルに生きる人ほど、意識して「無計画」を持つべきだと私は考えています。なぜなら、論理的思考が得意な人ほど、自分の感情を軽視しがちだからです。

私自身、CFOとして数字と格闘する日々の中で、何度も自分を見失いかけました。「このまま数字だけを追いかけて、自分は何になるのか」と自問する夜もありました。そんなとき、私を救ったのは旅でした。予定のない道、計画にない出会い、説明できない選択。それらが、私に「よしはる」という人間を思い出させてくれました。

あなたが今、仕事で高いパフォーマンスを発揮しているなら、それは素晴らしいことです。しかし、同時に問いかけてほしいのです。最後に、数字では語れない時間を過ごしたのはいつですか?

生産性も、効率も、成果も関係ない時間。ただ存在しているだけで満たされる瞬間。それを最後に味わったのは、いつだったでしょうか。

もしその答えが「思い出せない」なら、あなたには余白が必要かもしれません。完璧な計画から外れる勇気、無駄に見える時間を許す寛容さ、矛盾を抱えたまま生きる覚悟。

私はCFOとして、これからも論理的に仕事を続けるでしょう。予算を守り、時間を管理し、成果を追求します。しかし同時に、週末にはハンドルを握り、予定のない道を走り続けるでしょう。その矛盾を抱えながら。

なぜなら、人間は役割だけでは生きられないからです。矛盾していい。むしろそこで、人は回復するのですから。

あなたが次の週末、もし少しでも「予定のない時間」を持てたなら、どこへ行きますか?何をしますか?それとも、何もしないことを選びますか?

この記事を読んで、あなたの中に小さな揺らぎが生まれたなら、それを言葉にしてみてください。XやThreadsで、あなたの「合理の外側」について教えてください。完璧な答えは必要ありません。ただ、あなたの中にある矛盾や揺らぎを、少しだけ外に出してみてください。

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あなたの声が、誰かの余白を生むかもしれません。

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