“予算をつくる”ことの意味──未来を先取りする視点とは

“予算をつくる”ことの意味──未来を先取りする視点とは

🧭 はじめに

「とりあえず前年比で1.2倍くらいでいいかな」

そんなふうに予算をつくった経験はありませんか?でも、予算とは「過去を基準にした調整」ではなく、未来を”言語化する作業”であるべきだと、私は思います。

私は簿記専門学校卒業後、会計事務所から始まり、様々な業界を経験し、最終的に取締役CFOとして3年間在任しました。その間、2度のIPOを経験し、数え切れないほどの予算策定プロセスに関わってきました。

その経験を通じて確信したことがあります。予算策定は単なる数字の作業ではなく、組織の未来を設計する創造的な営みだということです。

この記事では、予算策定の本質と、CFOに求められる”未来の語り方”について掘り下げます。

📌 第1章|予算=”意思”の集約である

単なる数字の羅列を超えて

多くの企業で、予算策定は「数字の調整作業」になりがちです。各部門から上がってくる数字を集計し、全体の辻褄を合わせる──確かにこれも重要な作業ですが、それだけでは予算の本質を見失います。

予算とは、単なる数字の羅列ではありません。そこには経営陣の意思、組織の価値観、未来への期待が詰まっているのです。

「どこに投資するか」「何を優先するか」という判断の結晶

予算の各項目を見るとき、私が常に問いかけるのは:

  • なぜこの事業に、この金額を配分するのか?
  • 人材採用にこれだけの予算を割く理由は何か?
  • 設備投資のタイミングは、なぜ今なのか?
  • 研究開発費を増額する背景にある戦略は何か?

これらの問いに明確に答えられる予算こそが、真の意味での「意思の集約」なのです。

私がCFOとして経験した中で最も印象的だったのは、ある年の予算策定で「新規事業への投資を大幅に増額する」という判断をした時のことです。短期的には利益を圧迫する決断でしたが、「3年後の事業ポートフォリオを変革する」という明確な意思があったからこそ、その予算は意味を持ちました。

CFOは”意思決定の翻訳者”

CFOの役割は、経営陣の抽象的な意思や戦略を、具体的な数字に翻訳することです。

「新規市場に本格参入したい」という社長の意思を、「初期投資3,000万円、要員15名増、損益分岐点は2年目の第3四半期」という具体的な数字に落とし込む。これがCFOの専門性です。

しかし、単に翻訳するだけではありません。翻訳の過程で、意思決定の妥当性を検証し、リスクを明らかにし、代替案を提示することも重要な役割です。

📌 第2章|”過去の延長”ではなく”未来から逆算”する

前年実績+αの限界

「昨年の売上が10億円だったから、今年は12億円で」

こうした積み上げ式の予算策定を目にすることがあります。しかし、この方法では真の成長は期待できません。なぜなら、現状の延長線上でしか物事を考えていないからです。

前年実績+αの予算策定では、以下のような問題が生じます:

  • 既存事業の枠組みを前提とするため、新しい可能性を見落とす
  • 市場環境の変化に対応できない
  • 競合他社との差別化が図れない
  • 組織の成長への意欲が削がれる

成長を志すなら「未来の状態」から逆算すべき

私がCFOとして実践してきたのは、「未来から逆算する」予算策定です。

例えば、「3年後に売上30億円の会社になる」という目標があったとします。そのときに問うべきは:

  • 売上30億円を支える事業構造はどうなっているか?
  • そのために必要な人材は何名か?
  • 必要な設備投資や技術投資は何か?
  • 顧客基盤はどの程度拡大している必要があるか?
  • 競合環境はどう変化していると予想されるか?

これらの問いに答えることで、逆算的に来年度の予算が見えてきます。

CFOの役割:未来を”先取りする”視点を示すこと

CFOが提供すべきは、「数字を通じて未来を先取りする視点」です。

これは決して楽観的な願望ではありません。市場分析、競合調査、顧客動向、技術トレンドなど、様々な情報を統合して描く「実現可能な未来像」です。

私がCFOとして心がけてきたのは、以下のようなバランスです:

  • 楽観的すぎず:現実から乃離した数字では意味がない
  • 悲観的すぎず:成長への意欲を削ぐような保守的すぎる予算も問題
  • 具体的で:抽象的な目標ではなく、行動につながる具体性
  • 検証可能で:定期的に進捗を確認し、修正できる仕組み

📌 第3章|「なぜこの数字なのか?」に答えられるか

根拠のある数字の条件

予算の各項目について「なぜこの数字なのか?」と問われたとき、明確に答えられることが重要です。根拠のある数字には、以下の要素が含まれています:

仮説:この数字の背景にある考え方や前提条件 検証:その仮説を支える事実やデータ 代替案:他の選択肢との比較検討 リスク:うまくいかなかった場合のシナリオ

売上予算の根拠を例に

売上予算を例に考えてみましょう。

単純な積み上げ: 「昨年が10億円だったから、今年は12億円」

根拠のある予算:

  • 既存顧客からの売上:8.5億円(顧客別の購買予測に基づく)
  • 新規顧客からの売上:2.5億円(営業活動計画と成約率に基づく)
  • 新商品からの売上:1.0億円(市場調査と競合分析に基づく)
  • 合計:12億円

この場合、12億円という数字に明確な根拠があり、達成のための具体的な活動が見えています。

採用計画と投資計画の根拠

採用計画の場合:

  • 売上12億円を達成するために必要な業務量の算定
  • 現在の生産性と目標生産性の比較
  • 事業拡大に必要な新しいスキルセットの特定
  • 人材市場の状況と採用難易度の考慮

投資計画の場合:

  • 設備投資によるコスト削減効果の試算
  • システム投資による業務効率化の定量的効果
  • 投資回収期間と IRR(内部収益率)の計算
  • 投資を行わなかった場合の機会損失

CFOとチームで「語れる数字」を組み立てる

重要なのは、CFOが一人でこれらの根拠を作るのではなく、経営陣やチームと一緒に「語れる数字」を組み立てることです。

私がCFOとして実践してきたプロセス:

  1. 仮説の共有:まず、前提となる仮説をチーム全体で共有
  2. データの収集:各部門が持つ情報やデータを集約
  3. 議論と検証:仮説とデータを突き合わせて議論
  4. 数字の確定:全員が納得できる根拠を基に数字を確定
  5. 定期的な見直し:四半期ごとに前提条件と実績を照合

このプロセスを通じて、「なぜこの数字なのか」を全員が語れる状態を作ることができます。

📌 第4章|予算会議は”対話の場”である

数字を出して終わり、では意味がない

多くの企業で、予算会議は「数字の発表会」になりがちです。各部門が予算を発表し、CFOが全体を取りまとめ、承認を得て終了。しかし、これでは予算策定の最も重要な価値を見逃しています。

予算会議の真の価値は、経営陣が未来について対話することにあります。

経営陣が未来について対話する時間

私がCFOとして設計してきた予算会議は、以下のような構成でした:

第1部:現状認識の共有(30分)

  • 前年度の振り返りと学び
  • 市場環境の変化と今後の見通し
  • 競合動向と自社のポジション

第2部:未来像の議論(60分)

  • 3年後のありたい姿
  • そのために来年度達成すべきこと
  • 各部門の連携と優先順位

第3部:数字の検証(30分)

  • 議論した内容の数字への反映
  • リスクシナリオの確認
  • 四半期ごとの中間目標設定

CFOは”対話の場”を設計するファシリテーター

CFOの重要な役割の一つは、建設的な対話が生まれる場を設計することです。

効果的な問いかけの例:

  • 「この目標を達成したとき、私たちの組織はどう変わっているでしょうか?」
  • 「最も大きなリスクは何だと思いますか?そして、それにどう備えますか?」
  • 「競合他社がこの予算を見たら、どう思うでしょうか?」
  • 「お客様にとって、この予算が実現されることのメリットは何でしょうか?」

経営の本音が引き出される場

私が上級心理カウンセラーの経験から学んだことは、数字の議論の背景には必ず感情や価値観があるということです。

CFOとしてファシリテートする際に意識してきたのは:

  • 安全な環境の創出:率直な意見が言える雰囲気づくり
  • 多様な視点の尊重:異なる意見を対立ではなく、知恵として活用
  • 本音の引き出し:表面的な議論ではなく、真の想いや懸念を共有
  • 未来への希望の共有:数字を通じて、組織の未来への希望を具体化

✅ まとめ:数字に”物語”を宿らせよう

予算は、未来を語るための言語です。

私が3年間のCFO経験を通じて学んだ最も重要なことは、優れた予算には必ず「物語」があるということです。その数字に、チームの意思や希望が込められているか?達成への道筋が見えているか?そして、なぜその未来を目指すのかが語れるか?

CFOは”数字の翻訳家”であり、”未来の物語の編集者”であるといえるでしょう。

物語のある予算の特徴:

  • 過去の実績ではなく、未来のビジョンから逆算されている
  • 各項目に明確な根拠と意図がある
  • チーム全員が「なぜこの数字なのか」を語れる
  • 数字を通じて、組織の成長への道筋が見える
  • 達成へのワクワク感と責任感が共有されている

「とりあえず前年比1.2倍」ではなく、「なぜ1.2倍なのか、どうやって1.2倍を実現するのか、1.2倍を達成した私たちはどうなっているのか」を語れる予算。

そんな物語のある予算を、経営陣と一緒に紡いでいくことこそが、CFOに求められる”未来を先取りする視点”なのです。

年齢に関係なくチャレンジし続け、これまでの経験で得た知識やスキルを後進に引き継いでいく。そうした想いを込めながら、CFOとして組織の未来の物語を編集していく──これが私の目指すCFOの姿です。

予算策定の季節が来たら、ぜひ問いかけてみてください。

「この数字に、どんな物語が込められているだろうか?」

その答えの中に、あなたの組織の未来が見えてくるはずです。


この記事は、実務経験に基づいた個人的見解を含みます。各企業の状況や業界特性に応じて、適切な予算策定手法を選択することが重要です。


🔗 関連note記事(参考)

『その数字に、覚悟はあるか?──予算会議に見る”成長”と”現実”の交差点』
https://note.com/takebyc/n/ndd97caa41319

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